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Chapter-5  任務の責、命の重量

 その日、ハイジャック事件が起きオペレーション・ホワイトエースが発令された日、ミッドチルダは喧騒に包まれていた。
「部隊長、入電です」
「なんやっ? なのはちゃんの話か?」
 部隊長室に戻って一休みしていたはやてのもとにグリフィスが駆け寄ってくる。その息は切れており急いできたことが分かるが、彼はゆっくりと語りだした。
「いいえ……陸士部隊からです。とにかくメインブリーフィングルームへ」
 早足で去っていくグリフィスにただならぬ気配を感じてはやてはその後を追う。心の片隅ではハイジャック事件のほうを気にしながらも、送りだしたメンバーやクロノにその解決を任せると強く思うしかなかった。
「何や……これ……」
 入るなり眼前に飛び込んできた映像は、燃え盛る炎を背景に揺らめいていた。陸士部隊の担当局員がたくさんの人を誘導しているが、その局員の制服は灰や血に汚れている。
「陸士102部隊より入電……本日一四一○(ヒトヨンヒトマル)に起きたラプラス・ギルド本社爆破事件に際し、現場部隊としてテロと断定。現在、本社内においてLG幹部の暗殺が認められ、同時に本時行われていた就職活動の説明会に出席していた学生の避難誘導もあり本部隊だけではこの事案に対処しきれずと判断、テロ行為防止事案として機動六課の出動を要請する……とのことです」
「……」
 タイミングが悪かった。こうまでタイミングが悪いとなると、同時多発のテロの可能性を考えるのが妥当だ。一方でハイジャック事件を起こしておきながら、もう一方でミッドチルダでの騒乱を起こす。テロがここまでならばよいのだが、はやてはJS事件で大切な教訓を学んでいる。
「……どないしよ」
 機動六課の交代要員を束ねるシグナムはいない。隊長陣で残っているのも、ヴィータしかいないのだ。ハイジャック事件の方に人員を裂きすぎて、六課に残ったメンバーが少ないのだ。
「フォワードから出すしかない、か」
 ヴィータとザフィーラを何とか守りにおいておきたいとなると、必然的に残るのはフォワードだけとなる。
「グリフィス君、旅行に出るなのは隊長の代わりに、108からギンガさん呼んどったよなぁ?」
「はい、食堂にて待機して頂いております」
 スバルが出ている今、フォワードの3人だけでは心もとない。なのはの指導もフォーマンセルを基調とするもののため、スバルに究極的に近いギンガがいることは不幸中の幸いだった。
「じゃあ出動願いだそか。ティアナとエリオ、キャロを呼んでおいて」
「了解です」
 自分自身と、ザフィーラ、ヴィータ、そしてシャマル。ヴォルケンリッター陣が集まる守備部隊を考えると、はやては案外バランスが悪いな、と気付いた。やはり自分の適性は接近防御や攻撃に向いていない。
「……やっぱフェイトちゃんとかのこっとったらなぁ」
 不甲斐なさが残る中、はやてはモニターを注視し続けた。



 ラプラス・ギルド本社――ここ最近のラプラスギルド本社を狙ったテロ行為の影響でマスコミの餌食にされているこの建物は、広大な敷地を備えながら緑豊かなデザインに構成されていて、社員の憩いの場として活用されているこの場所は、しかし軍事に長けたものが一瞥すればすぐに要塞だと分かるほど上手い作りをしている。
 レーダーを使うまでもなく、煙を噴きだして日常の光景から切り離されたその本社に向かったアルトが操縦したヘリは、問題なく近くの降下場所についた。102部隊の数名が迎える中、ティアナたち六課フォワードはそこにいる人の量に圧倒された。
 デバイス関連のシェアbQを誇り、管理局との癒着も囁かれて近年成長著しいラプラス・ギルドの就職説明会に訪れた学生の数は半端なく、管理局の応急処置班が寄ってたかって流れ作業で怪我人を治療していた。その周りを取り囲むのは、皮肉なのか陸士部隊の官給品であるラプラス・ギルド製のデバイスを所持したクラナガン特殊急襲部隊の執務官の面々。フェイトも誘われたことのあるこの部隊は、言わば捜査の戦技教導隊とも言うべき強豪で、その強さからSATという略称を持つのだ。
 フェイトが誘いを断ったのは、この部隊がほぼ完全に地上本部の統制を受けているからであり、迅速な行動ができないからだ。今回もその例に漏れることはなく、彼らは本部の突入命令を受けないためにこうして学生の護衛にあたっているのであった。
 そんな社会の悲哀に埋もれることなく、地上本部ではなく局直属になる機動六課のフォワードに連絡が入ったのは、テロ対策という意味で独立している機動六課の特殊性だけではなく、意思決定が上層部の無能さに掻き消されはしないだろうという102部隊の現場の思惑があったのは確実だった。彼らもまた、KEEP OUTという帯が区分けする日常と非日常の境界を、ただ眺めるだけの時間を過ごしていたのだった。
「ティアナ、どうする?」
「えぇと、ギンガさんを先頭に突入します。102部隊長の話によれば、新型のガジェットドローンが確認されているとのことなので、最初は様子を見ながらゆっくりと進みます。最優先課題はラプラス・ギルドの幹部陣の救出。既に何人かが殺害されたということなんですけど、まだビルに残っているらしいので、そこに突入します」
「了解」
「それにしても参ったわ……どうしてクロスミラージュの探索機能も無効化されるのよ……」
 ラプラス・ギルドが堅牢な要塞とひと目でわかる理由の一つが入り組んだ複雑な構造なのだが、もうひとつに建物に使われた素材があった。むろん、情報秘匿の一面もあるのだろうが、この建物の素材が念話や探索魔法を遮断する素材でできており、容易に内部の様子をうかがうことはできない。さらにファイバースコープなどの物理的探索も厳しいようだった。
 ジープの陰で作戦を練っていたところに、102の隊長が来て状況を説明した。
「特殊部隊で、もう一つ動いてる所があるらしいんだが……そっから入電だ。いや、俺も驚いたよ」
 そう言い始めた隊長の言葉は、4人を絶句させるに十分だった。
「現在、LG幹部の大多数がB4区画で包囲されているらしい。特殊部隊数人が防戦に努めているらしいが……問題はそこじゃない。新兵器アルハザードの設計図がB7区画にあり、テロリストの狙いはそいつと思われるってことだ」
 沈黙が数秒あたりを支配した後、キャロの言葉がそれを破った。
「アルハザードって……?」
「LGの開発した兵器だ。一都市を破壊するくらいの兵器だと聞いている。この重要性は分かるな? 管理局が依頼した兵器らしいが……何せテロリストに最新版「アルカンシェル」がわたるような事態は避けないといかんだろ。そっちの判断に任せるが」
 その発言の途中で、はやてからの通信があった。
「聞こえるか〜? ティアナ?」
「あ、はい、聞こえます!」
 感度良好な中で、はやての顔色が暗いのがティアナには分かった。
「まずアルハザード設計書の確保が先や。正直なところ、そんな設計書なんてどーでもええから人命が先や! って言いたいところなんやけど……えらい代物らしいんや、その兵器。とにかく、まずはそっちの確保をせんとあかん」
「了解です」
 ティアナにはその重要性がよく分かった。
 批判されているからこそ分かる。JS事件以後も、低年齢の大多数が女性という場所からか、冷酷さの足りないお祭り組織と叩かれることはよくあるのだ。人命最優先の立場と言うのは確かに脆いし、それがもとで作戦自体が危機に瀕することもほとんどだ。だが、機動六課はそうだとしても極力そのマイナスのポリシーを貫いてきた場所なのだ。そのトップであるはやてが、今「人命」よりも優先すべきことがあると言ったことの意味。それが分からないほどティアナは愚かではなかった。
 そしてそれは、その場にいるエリオやキャロに関しても同じことが言えた。
「まず、B7区画の護衛に向かいましょ。キャロ、なのはさんから教えてもらってる射撃魔法、どれくらい使えるようになった?」
「はい、実戦で使えるくらいには」
「オッケー。できるだけ耐久力のあるギンガさんと突破力のあるエリオを前に、私たち二人が援護って形で行くけど、大丈夫?」
「大丈夫、です!」
 キュクルー、と続くフリードリヒの鳴き声にティアナが微笑んだ。
「というわけで、ギンガさんよろしくお願いします」
「うん! 現場責任者はティアナだから、迅速な指示、よろしくね」
「善処します」
 そう言うと、ティアナはカード状のクロスミラージュを待機状態から第一形態(ガンズ・モード)に切り替えた。それを見て皆が各自のデバイスの戦闘駆動に切り替える。
「それじゃあ、まずは本社の正面玄関。その横30メートルの窓まで走るわよ」
「え……正面からは入んないんですか」
「当たり前。もし無線式のトラップがあったら――」
 いきなり殉職。あれだけの訓練を経てその結末はお粗末すぎる。そんな思考がティアナの頭を過ぎった。
「ギンガさん、二階の窓から突入します。途中からウイングロードで」
「分かったわ、だいぶ様になってきたね」
 え、ときょとんとしたティアナの顔に、ふふ、と笑ったギンガは、どこかスバルとは違う女性に映った。当たり前のことなのだが、ティアナには何故かそれが頼もしく映る。自然と緊張が解けている自分を確認すれば、あぁ、これが現場を潜り抜けてきた人の差か、と確認できる。
「10秒で走り抜けるよ、OK?」
「大丈夫、キャロ、僕の背の上に乗って」
「うん♪」
《Sonic drive》
 ストラーダの自動詠唱に加えて、よいしょ、とキャロがエリオの背にしがみつく。
「ちょ、ちょっと、それ卑怯じゃない!」
 エリオの速さとギンガのローラーブーツを考えれば、自然と自分が一番遅くなることに気付いたティアナが叫んだ。
「はは、ティアナ、頑張って走ってね。それじゃ行くよ!」
 物陰からギンガが飛び出す。慌ててエリオとティアナがそれに続いた。程よく緊張感が取れて、最高の出だしだとティアナは思った。
 カツン、という銃弾がアスファルトをえぐる音に続いて眼の前で火花が散る。非殺傷設定などとは無縁の無機物の作り出す戦場に、その瞬間ティアナの心は底冷えした。だが、訓練で鍛えられた体は心の動揺など全く気に介さずに動き続けた。
 これから向かう敵は尋常じゃない。そう一瞬で悟らされる銃弾の洗礼は、5秒ほどのタイムラグを跨いでやってきた。要するに、相当遠くからの狙撃であることが一瞬で分かる。しかも最高でも2名くらいしかいない狙撃犯。この事実から、テロリストの人数が一桁クラスだとティアナは断定した。
 それは喜ぶべきことではなく、これから始まる苦戦を物語るのだろう。少人数と言うことはそれだけ自信を持っているということだし、102部隊の言っている新型ガジェットに注意を裂かないといけないということには変わりがなかった。
 ギンガが発生させたウイングロードを駆けのぼるティアナはしかし、悲鳴を上げつつある肺とは裏腹に冷静に状況を見つめていた。道を作り出すというのは、狙撃手からすれば絶好の殺戮地帯(キル・ゾーン)を作り出すことに他ならない。タイムラグが自分が窓を突き破るまでの時間を上回れば生き残り、そうでなければ射抜かれる。残りの全力を脚に込め、ギンガが突き破った二階の窓に飛び込んだ。
 僅か首元の後方を何かが過ぎる感覚が過ぎて、全員が飛び込んだ。
「……ここ、B8区画の男子トイレね」
 ぜえぜえと息を切る中、まず一番最初に息の乱れを整えたギンガが呟く。
「窓あいてる場所少ないんだから、仕方なかったんです……」
 ティアナがそれに続く。要塞と揶揄されるだけあって、この窓も二層の強化ガラスで出来ており、ギンガの突破力によってでないと簡単にこじ開けられないのだ。
 狙撃手からの砲撃は見られなかった。狙撃手もこの堅牢さを知っているのだろう、砲撃したところで無駄だと考えているに違いない。今突入してきた壁の厚さを見ても、この建物の異常さが分かる。
 キャロを最後尾にして、出来るだけ死角がないように4人は移動する。途中、避難しきれなかった学生や社員に遭遇すると、突きつけたデバイスをぱっと引っ込めてテキパキと指示を出す。もはや殺戮地帯(キル・ゾーン)と化している正面玄関からの脱出は困難ともなれば、SATの突入までは部屋にバリケードを張って息をひそめて待っていろ、としか言えないのがティアナたちの現状だった。
 さらにティアナたちを苦しめるのが、ラプラス・ギルドの階層性のセキリュティ・システムだった。IDとパスワード認証で管理される区画ごとの立ち入り認証システムを突破しない限り、セキリュティシステムには敵と認識される。その上LG側が上位層のセキュリティシステムのコードを秘匿するとあっては、できるだけ下階層の場所を潜り抜けていくしかなかった。
「この先、トラップがかなりあるみたいね。上のケーブルが入ってる場所……排気口から侵入するしかないみたい」
「全員入れるスペースがあるのかしら」
「見てみるしかないわね。エリオ、ちょっと見てくれる?」
「はいっ!」
 一番身軽なエリオを先に排気口に入れると、数秒後に大丈夫です、という返事が返ってきた。そういえば、と上司とのJS事件を振り返った時の話を思い出す。まさか訓練校でのよくわからない降下訓練などが使われるとは思わなかったと言っていたが、公開陳述会のときの彼女らと同じようなことを今自分たちもやっていることに、一種の運命を感じていた。
「かなり暗いし、狭いんですけど……」
「困ったわね……とはいえ、あまり光とか使うとばれちゃうしね」
 さっと入ったギンガに続き、ティアナとキャロが排気口に入る。排気口の中はひんやりとしていて、その冷気を生み出している無機質な金属のハッチが目に入る。
 こういう狭い空間に耐えられるほど、人間の精神は強くない。閉所恐怖症という言葉が示すように、人は選択肢が少なくなることを極端に嫌うのだ。薄暗い場所を匍匐前進で進めば、普通の歩行に比べて4倍くらいの時間がかかる。その時間の中で、様々なことが脳裏に浮かんでは消える。
 ふと、鼻の奥を突っつくような刺激臭にティアナは顔をしかめた。デバイス製造の会社だ。よくわからない薬品を使っているのかもしれない。幼少期の、注射の消毒液を皮膚につけたときにゾクッと背筋が凍ったような感覚をティアナは感じた。
「ティアナ? ……今」
「ええ――」
 戦闘機人で物質変化に敏感なギンガは何か異変を察知したらしい。
 狭苦しい排気口の中で振り向こうとした、その時だった。
「Hold up」
 鋭い声が四人を貫いた。
「Rereace your weapon」
 女の声だということは分かったが、ティアナなどは即座に振り返ろうとした。
「……さっさと武装解除に応じな。同業だろが、あんたら」
 同業という言葉が無ければ、それでも振り返っていたところだろう。
《ECS Invisibility mode cancel》
 燐光が煌めき、それまで「無かった」ところにシルエットが浮かぶ。その姿は銃型デバイスをこちらに突きつけていて、ティアナら全員の行動を束の間止めていた。息を飲んだティアナが見たのは、そのシルエットがすぐに女の形になったからだった。
「本局所属、事案(ゴルフ)に関わるものよ。そちらは?」
 事案ゴルフ――管理局でもその存在実態を秘匿することが許される機密事項を扱う事案に携わると聞き、ギンガの眼が曇る。
「……陸士108部隊所属、ギンガ・ナカジマです」
 きっと睨んだギンガの視線を女は流した。
 その二人を見て、ティアナは六課で噂になっていた三つ巴の公安上層の対立というものを思い出した。現場捜査と警邏が主たる任務の陸士部隊に、捜査と法務が担当の執務官。この二つは陸と次元うみの対立あれどもかなり棲み分けが出来ており、うまく運用されているといえた。
 ところが、事案Gを盾に捜査に強制介入し、撹乱を行ったうえで超法規的行動を取る「何者」がいる――そんな噂を聞いたのは、JS事件で一時的に次元航行船〈アースラ〉を使っていた時だった。ギンガもまたそんな横槍を喰らった一人なのかもしれない。
「機動六課所属、ティアナ・ランスターです」
「お、同じく六課のエリオ・モンディアルです」
「同じく六課のキャロ・ル・ルシエです」
 ティアナの自己紹介に、慌てて二人が続く。
「……はぁ。しっかしまぁ、とんだお子ちゃまばかりね」
 溜息をついた女に、カチンとくる。
「……そういうあなたは、何者なんですか」
「事案G――と言いたいけど、本名ぐらいは明かそうか? 私はメリッサ・マオ。任務は開発兵器A-023〈アルハザード〉の漏出防衛。階級は二等陸尉」
「二等陸尉……って、なのはさんと――」
「事案Gが最優先の課題。どうせあんたたちも例のブツを守りに来たんでしょ?」
 まるで自分たちが救いに来てることが当たり前のように発言するマオに、ティアナは苛立ちを隠せなかった。
「……そうですけど」
 そんな様子を気に掛ける素振りも見せず、マオは続けた。
「じゃあ、簡単に状況を説明する」
「あの」
 いてもたってもいられなくなり、ティアナが割り込んだ。
「あなたと共同戦線を張るか、そうしないかは、私たちの独断で決められるはずですが」
「じゃあ、別に共同戦線張ってもらわなくても結構よ」
 ガシャ、とコッキングレバーを引いたマオが、銃をしっかりと構える。
「質量……兵器?」
「携行許可もらってるの。それほどにヤバい相手なのよ」
 管理局法の上層に位置する「質量兵器禁止条項」は、誰もが知っている管理局法の基本理念であり、同時に魔法文明の正当性を裏付ける重要な条項だ。しかし、その条項には付帯規則がつけられている点が見落とされがちで、本当に管理世界全体で質量兵器が使えないかというと、必ずしもそうではない。
 例えば、管理局公務員法によれば、命の危機にさらされたとき、公人として質量兵器の使用を許可できる、と「専守防衛」に限り使用が認められている場合がある。そのため、特に重要な機密区画などでは、今もなお質量兵器による防衛が行われていることがある。
「ねえ、ティアナ」
 ギンガがちらりと耳打ちした。
「幻術使いのティアナでさえ、異変に気づくのに相当かかったでしょ? この人、相当の魔導士に違いない」
「そうですね。しかし……」
「ティアナに全部任せるね。ただ、相手がスカリエッティみたいなやつである可能性も拭いきれないよ」
 暗にギンガは、手を組め、とティアナに迫っていた。
 捜査当局の間では、縄張り争いが耐えない。108部隊で実際に勤務しているギンガは、捜査の主導権を握ろうとする争いの中で、犯人を取り逃がしたり負傷者を出したり証拠を失ったりする事例を何度も見てきていた。だからこそ、この場でいざこざを起こすことはよくない、と踏んだのだ。
 目を瞑ったティアナは、すう、と息を吸うと、目を開けてマオの元へ向かった。
「分かりました。現時刻をもって、機動六課フォワード4名、あなたの指揮下に入ります」
「え?」
「ティアナさん……」
「エリオ、キャロ。きっとこれが最良の選択だからね」
「でも……」
「ティアナが決めたんだから、私たちもしっかり従わなきゃ」
「……そうですね」
 ティアナだけでなく、残りも従う意思を示したことにマオは納得した。
「それじゃ、改めて」
 マオは、ゆっくりと迅速に4人に状況を説明した。



《This is Point "echo"》
「ん……ありがと」
 マオの指揮の下、B7区画の上方排気口に潜入したティアナは、キャロと作戦開始時刻を待っていた。
「あと82秒」
 デジタル時計が示す時間と同時に、ブーステッド・イリュージョンで戦闘区域に幻影を生成。これが作戦の第一段階(ファーストフェイズ)
 事案Gの関係者というマオによれば、敵の戦力は数名のテロリストに加え、数十体の新型ガジェットドローン。スカリエッティ消えた今も、W型と呼ばれるガジェットはところどころに現れている上、今回のガジェットは今までのガジェットにない強力さを備えているという話だった。
 だから、綿密な作戦を行い、まず敵情を把握。幻影への攻撃で敵の位置を把握し、攻撃の第一波としてエリオ、マオ、ギンガが突入、接近戦で敵を殲滅。これが第二段階(セカンドフェイズ)
 その後、ティアナの突入と同時にテロリストを逮捕。この流れだ。
 しかし、問題点もある。マオによれば、今までのガジェットとは異なり、新型は自爆機能という厄介な代物があるとのこと。倒した後は速やかに退避、というのでは迅速な犯人逮捕には至らないかもしれない。そうティアナが指摘すれば、マオは犯人逮捕ではなく兵器の漏出防止が任務だと言った。
 どうも釈然としないと思っていると、後ろのキャロが声をかけてきた。
「ティアさんは……これでよかったんですか?」
「え?」
 唐突すぎて、ティアナはつい聞き返してしまった。
「だって、わたしたちがやらないといけないことって……」
「……今は、目の前の任務に集中しなきゃ」
 もう一度時計を見ると、残り時間は30秒だった。
「そろそろ、お願い」
「……分かりました。ケリュケイオン!」
《Boost Up. Acceleration.》
 キャロの一声で、体の芯が熱くなるように感じたティアナは、その熱をクロスミラージュに送り込む。
「カウント」
《10》
 クロスミラージュがカウントを始める。
《5》
「フェイク」
《3, 2, ......》
「シルエット」
《0》
 作戦開始時刻(ゼロアワー)
 その訪れだった。



 実際には短い戦闘も、当事者にとってはものすごく長く感じるものだ。
 この戦闘も、10分後には終息しているのだが、誰一人として10分しかたっていないことに気づくものはいなかった。
 マオの言うとおり、ティアナのフェイクシルエットに反応した新型ガジェットドローンが熱を発する。クロスミラージュがそれを見逃すことはない。
《A movement reaction perception, at the Gadget Drone.(動体反応確認。ガジェットドローンです)》
「オッケー」
 即座にデバイス間の転送でデータが所定の位置に待機中のギンガ・エリオ・マオに通達される。
 二秒後に突入したマオが火器でガジェットを破壊したことが爆音で確認できた。
《"Golf" destroyed Mark 4, 7, and 10. (「ゴルフ」が「マーク」4,7,10を撃破しました)》
「いくよ、エリオ」
「はいっ!」
 煙幕を縫うように、エリオがストラーダを構えて突入する。
《Speerangriff》
 ブーストした槍に乗り、突っ込んだエリオは、確かな手ごたえを認めた。
 ガシャ、とした音の方を向けば、今までのガジェットとは違う「何か」を見た。
 それは白いカラーリングの今までのガジェットとは違い、赤と黒のフォルムのそれは、吸血鬼を連想させる。
「――!?」
 ストラーダの穂先がめり込んだまま、ガジェットの右腕がエリオの手首をつかむ。圧倒的な怪力で骨が砕けそうになり、エリオは思わず悲鳴をあげる。
「ナックルバンカーッ!」
 後ろからついてきていたギンガがガジェットの右腕を打ち、破壊する。右腕は間接部位で捻じ曲がり、だらりとケーブルでぶら下がっているだけになっていた。
 一瞬、止まった隙を見逃さず、すかさずエリオが斬撃を繰り出す。左脚部を破壊し、ガジェットが動きを止める。
「……痛」
「エリオ、大丈夫?」
「な、なんとか」
 12体ほどいたガジェットだったが、マオが的確に破壊し、すでに3体ほどになっていた。
「おいっ! そこのチビ」
「は、はいっ……」
「退避しろ。そのガジェット、自爆する!」
 見れば、ガジェットはすべての動きを停止して異様な機械音を発している。
《Sonic move》
 ギンガを抱くようにエリオが下がる。同時にガジェットが火炎と衝撃波を巻き散らかしながら、自爆した。
「……っ!」
 爆風が収まれば、フロアはめちゃくちゃだった。そこらに窪みができている中、赤い光がガジェットのスリットから漏れ出していた。
「対人殺傷ボール・ベアリング」
 近くに来たマオが、エリオに言う。もっとも、最後の1体に射撃を行っていたため、ほとんど聞き取れなかったが、それでもエリオとギンガは直感でその「兵器」の恐ろしさが分かった。
「付近10メートルまでの一定方向の敵に対して絶対的な殺傷力を持つ。それほどにヤバイ敵だってこと、分かったかしら?」
 サングラスを外したマオのその言葉は、ギンガもエリオも聞こえていた。
「は、はい……」
「さて、と」
 マオはそのまま、肩から提げた銃を粉塵の中に向けた。
「出てきてもらおうかしら?」
 その言葉の返事は、一筋の射撃だった。
 身のこなしで避けたマオ。
「やはりね。〈アルハザード〉を狙うテロだったわけだ」
「…………」
 マオの問いにさらなる射撃で答えた敵に、マオはシールドを発生させて防いだ。
 同時に、排気口から覗きこんでいたティアナが狙撃を行う。
 間違いなく命中したその砲撃に、収まりかけていた粉塵が再び舞い上がる。
「……やった!」
 排気口に隠れているキャロの声を受けながら、フロアに降下するティアナ。
「武装を解除……ッ!?」
 いつもの決まり文句を言おうとしていたティアナに、爆炎のなかから突如鎖が飛来し、右足に絡みつく。
「な……!」
 そのまま足をとられ、バランスを崩したティアナは背中を思い切り地面にぶつけ、肺が焼けるように痛みの信号を脳に送る。
 鎖はまるで生き物のように絡みつき、ティアナを引きずり回す。鎖に攻撃しようとしても、ティアナに当たるかもしれないと思ったのか、誰も即座に動くことはできない。
「……このネイピアの(ジャケット)に傷をつけるとはな」
「!?」
「オイラー」
《Roger, Differentiate Blast》
 ギンガやエリオのほうからは見えないが、ネイピアと名乗ったテロリストは、そのデバイス〈オイラー〉をティアナの足に向けていた。
撃て(ファイア)
 激痛が足を襲い、ティアナはたまらず絶叫を上げた。



「追うわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 マオが奥に退いていったネイピアを追撃しようとして、ギンガとエリオに怒鳴るように言う。
「ティアさんが……」
「置いていくわ」
 ティアナのほうをちらりと見たエリオに、マオは即座に言葉を返した。
「そんな……」
「バックのピンクいのが見てればいい。テロリストの確保が先よ」
「……それはあなただけです。僕たちは、人命救助に来ているんです」
 もう動き出していたマオの後ろで、エリオが言う。その手はガジェットに握られた部分が赤くなっていたが、しっかりと握られている。
「ティアさんが負傷しましたし、六課としてはこの後、LG社員の救出にあたります。ギンガさん、それでいいですよね」
「うん」
 仁王立ちになっているエリオに、マオはため息をついた。
「これだからこっちの連中は……」
「すいません、ですが僕たちは――」
「もういいわ、私が一人で追う。その代わり、LG要員の保護はそちらに完全に任せる」
「は、はい」
「それじゃここで」
 それきり、マオが振り返ることはなかった。











「――というのが、ミッドチルダテロの第四課のレポートです」
 さっとまとめたマオが、会議場を見渡すと、レポートの書いてある用紙に目を通している六課要員が見えたが、まだフェイトはその席に戻ってはいなかった。
「補足事項として、ネイピアと名乗ったこのテロリストについて。予想される魔導士レベルはAAAないしS。集音分析によれば、このデバイス名は〈オイラー〉で、ベースはオルフェン社のデバイスとラプラス社のデバイスと思われます」
「…………」
 その言葉に、軽い沈黙が会議場を占める。
「その件ならば、捜査当局よりわが社に連絡が入ったと連絡を受けています」
「はい。オルフェン社の積極的なデータ公開はありがたいのですが、まだこのデバイスの完全解明には至っていません」
「使われているCVK-343から見ても、私が製作したものを直接使用したものとは思えません。鎖に関してはストレージ型のデバイスの亜流かと」
「その件は、後で『社長』のほどに問い合わせに伺うかもしれません」
「病人を気遣ってもらいたいがね」
「こうやって会議に出たり、高町二尉と外出したりできる方の言葉とは思えませんね」
「……監視人は、君か」
 ふう、とため息が、電話の向こうから聞こえてきた。
「いえ、四課のものです」
「変わらんよ。結局息付く暇もないというわけだね。はやて、会議はここまでか?」
「うん、そやね……」
 どことなく元気がないように見えるはやての言葉に、シータが続けた。
「マオ捜査官。今日の会議はこのくらいで……デバイスの件、後日直接話ができないかな」
「絶対秘匿のCIA四課とどこぞの社長が会うっての? ちょっとまずいんじゃない?」
 少しおどけてみせたマオに、シータが続ける。
「そうだな。またいろいろ考えておいてくれ。それでは、ちょっと六課の面子で話がしたい。席を外してくれないか」
「りょーかい。ま、私たちも何かあったら全面的に協力するから、よろしくね」
 さっと荷物をまとめたマオが出て行く。
「……なのは。よく耐えたな」
「シータ君……私」
「参ったな、宗介君にも。はやて、少し僕が帰るまでギスギスしたムードが続きそうだね」
「せやね。宗介君が、知らんかったのがちょっとなぁ」
「フェイトが、まずいな。ああなるとフェイトはかなり塞ぎこむからな」
 ふう、とシータが息を吐く。
「私、だめだね。友達なのに」
「……今は、そっとしておいてやればいい。あいつの問題なんだ。なのはでも、どうこうできる問題じゃない」
「でも」
「でも、助けてやりたい、だろ? 助けられるものなら助けてやりたいんだが、こればっかりはな」
「……こういう時のフェイトちゃん、すぐ壊れちゃいそうな目になっちゃうんだ。私たちがしっかり見ておかないと、どこかにいっちゃいそうな」
「そやね。私もそう思う」
 なのはとはやてが向き合いながら言う。
「……とにかく、僕が退院するのは一週間後。それまで、なんとか頼むよ」
「分かってる。機動六課が解散するまで、六課のメンバーを見るのが私の仕事や。それくらいしっかりやるよ」
「私も、これ以上フェイトちゃんを泣かせるわけにはいかないし、宗介君とお話してみるね」
 シータは、画面越しにそう伝えられて、微笑んだ。
 これが、機動六課の力なんだ。
 そう思いたかった。
 




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